私が「知能と遺伝」というテーマについて強烈に意識するようになったのは、高校生の頃に受けたある授業がきっかけでした。
当時の先生が、教壇から生徒たちに向かってこう言い放ったのです。 「『知能は遺伝しない』とよく言われますが、あれは嘘です。最新の双生児を対象とした研究調査で、IQ(知能指数)には非常に高い相関関係、つまり遺伝の影響が大きく関わっていることが判明しているんですよ」
教室が少しざわついたのを今でも鮮明に覚えています。当時の私は「努力すれば誰でも平等に結果が出せる」という、いわば教育における美しい建前を信じていた部分がありました。しかし、先生のその言葉は、私の身近な「ある現実」と残酷なほどにリンクしてしまったのです。
それは、私の「兄」の存在でした。
私自身は、一生懸命勉強して、世間一般から見れば「そこそこの中堅私立大学」になんとか進学しました。自分ではそれなりに努力をしたつもりでしたし、自分の限界もなんとなく悟っていました。 しかし、同じ両親から生まれ、同じ家で育ち、同じような物を食べてきたはずの兄は、私とはまったく違ったのです。
兄は高校時代の全国レベルの模擬試験で、いとも簡単に「東京大学 現役合格レベル(A判定)」という途方もない実力を叩き出していました。私が何時間もかけて理解する数学の公式や英語の長文を、兄はまるで息をするように自然に吸収し、解き明かしていくのです。「これが才能の違いか」と、兄弟ながら畏敬の念すら抱いていました。
ところが、兄の面白いところは、それほどの学力を持ちながらも「大学受験」という競争の世界には一切見向きもしなかったことです。彼は根っからの「付属校大好き人間」でした。東大に行ける頭脳を持ちながら、彼はそのまま高校からエスカレーター式に大学、そして大学院まで、愛してやまないその付属校で過ごしたのです。
同じ親から生まれ、同じような家庭環境(共有環境)で育った兄弟。それなのに、知的能力や学力、そして「どこで学びたいか」という価値観や性格に至るまで、私たち兄弟の間には信じられないほどの差がありました。
「やはり、人間は生まれ持った遺伝子の影響から逃れられないのではないか?」
先生の言葉と兄の姿が重なり合ったその日から、私はこの「遺伝と環境」というテーマに、答えの出ない興味を持ち続けてきました。

まぁ中学生くらいには「兄弟でも勉強できたりできなかったりするな」というのは気づいてましたが。。
行動遺伝学が明かす「才能を決めるのは何か」
大人になり、さまざまなメディアで情報に触れる中で、先日NewsPicksの素晴らしい対談番組を視聴しました。 『「遺伝vs環境」才能を決めるのは何か』というテーマで、行動遺伝学の第一人者である慶應義塾大学名誉教授の安藤寿康氏と、スポーツ科学やトレーニングを専門とする高橋雄介氏が対談するという非常にエキサイティングな内容でした。下記はご興味がある人のためのYOUTUBEのリンクとなります。完全版ではないですが、どのような内容なのかはだいたい分かると思います。
この番組の中で、安藤先生は行動遺伝学の知見から「やはり人間の能力や性格において、遺伝が果たす役割は非常に大きい」と明確に主張されていました。
そもそも、ここで言う「行動遺伝学(Behavioral Genetics)」とはどのような学問なのでしょうか?
行動遺伝学とは、簡単に言えば「人間の性格、知能、精神疾患、さらには趣味嗜好などのあらゆる行動や心理的特徴が、どの程度『遺伝』によって説明でき、どの程度『環境』によって説明できるのか」を統計的に明らかにする学問です。
この研究で最も強力な武器となるのが「双生児研究(Twin Study)」です。 遺伝子を100%共有する「一卵性双生児」と、普通の兄弟と同じく遺伝子を平均50%共有する「二卵性双生児」を比較します。もし、ある能力(例えばIQ)において、一卵性双生児のほうが二卵性双生児よりも圧倒的に似ているのであれば、「その能力は遺伝の影響を強く受けている」と推測できるわけです。東京の中野の方に東京大学付属中学校ってありますよね。あれって双子の研究機関らしいです。
安藤先生をはじめとする世界中の行動遺伝学者の研究により、残酷とも言える事実が次々とデータとして示されています。例えば、音楽や数学の才能、スポーツの能力などは約80%近くが遺伝の影響を受けるとされており、一般的な知能(IQ)に関しても、約50〜70%が遺伝によって説明できるとされています。
番組を見ながら、私はあの高校時代の授業と、東大レベルの頭脳を持っていた兄のことを思い出さずにはいられませんでした。「やはり、あの時の先生が言っていたことは、科学的にも証明されつつある事実だったのだ」と深く納得したのです。
安藤先生の主張を裏付ける、海外の著名な研究論文
安藤寿康先生の主張は、決して彼個人の奇抜な意見ではありません。世界中で行われている数々の厳密な科学的研究によって裏付けられています。ここで、知能と遺伝の相関関係を示す、世界的に有名な海外の論文をいくつかご紹介しましょう。
ミネソタ双生児研究(Bouchard, T. J., et al., 1990) 行動遺伝学において伝説的とも言えるのが、アメリカのミネソタ大学で行われた「離れ離れに育った双子」の研究です。 生まれてすぐに別々の家庭に養子に出され、まったく違う環境で育った一卵性双生児たちを世界中から探し出し、彼らの知能や性格を調査しました。 驚くべきことに、まったく違う親に育てられ、違う教育を受けてきたにもかかわらず、離れ離れに育った一卵性双生児のIQは非常に高い相関を示しました。この研究から、知能の約70%が遺伝的要因によって説明されると報告され、世界中に大きな衝撃を与えました。
知能の遺伝率は「年齢とともに上がる」(Plomin, R., & Deary, I. J., 2015) イギリスの著名な行動遺伝学者ロバート・プロミンらの研究では、さらに興味深い(そしてある意味で残酷な)事実が示されています。それは「The Wilson Effect(ウィルソン効果)」と呼ばれる現象です。 私たちは通常、「子どもの頃は親の遺伝の影響が強く、大人になって様々な経験を積むにつれて環境の影響が強くなる」と考えがちです。しかし、事実はその真逆でした。 小児期の知能の遺伝率は約20〜40%程度ですが、青年期から成人期になるにつれて、知能の遺伝率は60〜80%にまで上昇することがわかっています。つまり、親元を離れて自立すればするほど、自分自身の本来の遺伝的な素質(ポテンシャル)が前面に出てくるということです。
これらの科学的なデータは、「どんな環境を与えられても、最終的にはその人が生まれ持った遺伝的な設計図の影響から完全に逃れることはできない」という事実を突きつけています。
著書『教育は遺伝に勝てるか?』が問いかけるもの
こうした行動遺伝学の知見を、日本の教育現場や子育ての文脈に落とし込み、警鐘を鳴らし続けているのが安藤寿康先生です。先生の著書の中で、特に子育て世代や教育関係者にぜひ読んでいただきたいのが『教育は遺伝に勝てるか?』(朝日新書)です。
▼『教育は遺伝に勝てるか?』(安藤 寿康 著 / 朝日新書) (Amazonリンク:
このセンセーショナルなタイトルの本の中で、安藤先生は「すべての子どもを平等に教育すれば、等しく高い能力を引き出せる」という、現代の教育が抱く幻想を真っ向から否定しています。
しかし、この本は決して「遺伝で決まるのだから、教育なんて無駄だ」という虚無主義(ニヒリズム)を説いているわけではありません。むしろ逆です。 「子どもたちの能力には遺伝的なばらつき(違い)がある」という科学的事実から目を背けるからこそ、画一的な教育を押し付け、結果として苦しむ子どもを生み出しているのではないか、と問いかけているのです。
親は往々にして、「自分ができたのだから、この子もやればできるはずだ」とか、逆に「自分が勉強で苦労したから、この子には最高の教育環境を与えて優秀に育てたい」と願います。 しかし、遺伝的には親と子は「別の人間」です。親から受け継いだ遺伝子がどのように組み合わさり、どのような形で発現するかは、まさに「遺伝子くじ」と呼ばれるように偶然の産物です。
安藤先生は著書の中で、教育の役割を「遺伝という枠組みの中で、その子が持っている独自の才能や適性が最も良い形で花開くための『オーダーメイドの環境』を提供すること」だと定義づけています。「教育が遺伝に勝つ」のではなく、「教育が遺伝の持つポテンシャルを最大化する」という視点の転換を求めているのです。

全国模試で150位以内に入る人と、凡人では多分生きている世界が違うのではと今でも思っています。
結論:知能は遺伝する。だからこそ親や教師がすべきこと
ここからは私の意見ですので、「これが正しい」と主張するつもりはありません
ここまで、行動遺伝学のデータや論文、専門家の意見を交えて「知能や才能には遺伝が大きく関わっている」という事実を見てきました。
「なんだ、結局は生まれつきの才能で決まるのか。努力しても仕方ないじゃないか」
そう思ってしまった方もいるかもしれません。しかし、私がこの記事を通して最もお伝えしたいのは、そのような諦めではありません。むしろ、「遺伝の影響が大きいという事実を受け入れること」こそが、健全な子育てと教育のスタートラインだと考えています。
結論として、知能が遺伝の影響を強く受けるということは、もはや科学的に否定できない事実であり、仕方がないことです。
しかし、だからといって「環境(教育)」が意味を持たないわけでは決してありません。遺伝的なポテンシャルが花開くためには、必ず「トリガー(引き金)」となる環境が必要だからです。 どれほど素晴らしい音楽の才能(遺伝)を持って生まれた子どもでも、家に楽器がなく、音楽に触れる機会(環境)が一切なければ、その才能が発現することはありません。
つまり、「環境を整える」ということは、親や教師が子どもに対してできる唯一にして最大のサポートであり、これを怠ってはいけないのです。
ただし、ここでいう「環境を整える」とは、「親が望む理想のレールを敷き、そこを無理やり歩かせること」ではありません。 最も重要なのは、「遺伝というものは仕方がない」と腹を括った上で、【子どもは親の所有物でもクローンでもなく、親とはまったく違う遺伝的素質を持った「別の人格」である】と強く認識することです。
私の兄が、東大に行けるほどの学力がありながら、自分の価値観に従って付属校での生活を愛し、そこでの研究生活を選んだように、子どもには子どもの持って生まれた「心地よい環境」や「適性」があります。親の価値観で「あなたは東大に行きなさい」と強制していれば、兄はどこかで息苦しさを感じていたかもしれません。
子どもにとって何がベストなのか。 それは親の叶えられなかった夢を託すことでも、世間体を気にすることでもありません。 目の前にいる「自分とは違う一人の人間」をよく観察し、その子がどんなことに興味を持ち、どんなことに時間を忘れ、何が得意で何が苦手なのか(=どんな遺伝的素質を持っているのか)を見極めること。そして、その子独自の才能が最も輝く場所を一緒に探し、そっと背中を押してあげる環境を作ること。
それこそが、遺伝という変えられない事実の前に立つ、親や教師の本当の「使命」なのではないでしょうか。

遺伝なんて、本当にくじ引きみたいなもの、、、、逆にIQが低いというのも1つの個性であるのでは?
もし今、子育てや教育で行き詰まりを感じている方がいたら、一度「この子は自分とは違う、どんな素敵な種(遺伝子)を持っているのだろう?」という視点で、子どもを観察してみてください。知能や才能の遺伝という事実を受け入れたとき、少しだけ肩の荷が下りて、子どもとの新しい向き合い方が見えてくるはずです。