安定と親日
中東のポンペイ
戦地へのバス
🇯🇴シリアからヨルダンへ:2007年6月の記憶
シリアでの旅を終え、私は陸路で国境を越え、南の隣国ヨルダンへと向かいました。
2007年当時の中東情勢を考えると、国境越えには多少の緊張感がありましたが、拍子抜けするほどスムーズに入国できたことを覚えています。
今回は、シリアとはまた違う空気を持つ国、ヨルダンの首都アンマンと、古代ローマの遺跡ジェラシュ(Jerash)について綴ります。
※本記事は2007年の旅の記録です。現在の情勢とは異なる部分がある点をご了承ください。
🕊️「王様」が治める安定した国、ヨルダン
ヨルダンに入国して最初に感じたのは、「意外なほどの治安の良さと、親米的な空気」でした。
シリアが反米姿勢を鮮明にしていたのに対し、ヨルダンはアメリカと非常に良好な関係を築いています。街中には英語の看板も多く、どこか開放的な雰囲気が漂っていました。
(英語もかなり通じた記憶があります。国民の教育レベルの高さが伺えました。)
👑安定の鍵は「ハシミテ王家」
この国の安定を支えているのは、「王室(ハシミテ家)」の存在です。
街の至る所に現国王アブドゥッラー2世や、前国王フセイン1世の肖像画が飾られていました。
独裁的な強権政治とは少し違い、王室が長年にわたって国民からの尊敬を集め、安定して国を治めている印象を受けました。
また、日本に対する印象もすこぶる良いです。
「日本人だ」と伝えると、現地のタクシー運転手やお店の人たちが、それだけで親切にしてくれました。
王室外交を含め、日本が長年築いてきた信頼関係の恩恵を、いち旅人として肌で感じることができました。(これを考えると、皇室外交の積み重ねには頭が上がりません。)
🏛️「中東のポンペイ」ジェラシュ遺跡へ
首都アンマンから北へ約50km。
「中東のポンペイ」とも称される、ジェラシュ(Jerash)遺跡を訪れました。
ここは、イタリア国外にあるローマ遺跡の中でも、最も保存状態が良いものの一つと言われています。


ジェラシュの象徴とも言えるのが、この「オーバル・プラザ(卵形の広場)」です。
通常、ローマの広場は四角形が多いのですが、ここは珍しい楕円形。かつてはここで多くの市民が集まり、市場や集会が開かれていたのでしょう。


正直に言えば、この後に訪れる「ペトラ遺跡」ほどの衝撃的なインパクトはありませんでしたが、それでもこれだけの規模のローマ都市が、砂漠の国に残っていること自体が奇跡のように感じられました。
🏳️首都アンマンの「巨大国旗」と喧騒
遺跡観光を終え、首都アンマンに戻ります。
アンマンは「7つの丘の街」と呼ばれ、坂道にへばりつくようにベージュ色の建物が密集しています。

街一番の高台にある「アンマン城塞(シタデル)」からは、街を一望できます。
そこで一際目を引くのが、巨大なヨルダン国旗です。
この旗のポールは世界有数の高さを誇り、どこからでも見えるこの旗が、国民のアイデンティティと国の安定を象徴しているように見えました。

🚌ヨルダンという国の「立ち位置」と、ある事件の記憶
平和で親日的なヨルダンですが、ふとここが「激動の中東の中心」であることを思い出させる瞬間がありました。
バグダッド(イラク)行きのバス乗り場を見かけた時です。
🕊️記憶の片隅にある「2004年の悲劇」
私の記憶が正しければ、2004年にイラクで殺害された日本人旅行者、香田証生さんも、ここヨルダンのアンマンからバスに乗ってイラクへ入国しました。
当時、日本中が固唾を呑んで見守ったあの事件。
「なぜ危険な場所に行くのか」という議論もありましたが、実際に現地のバスターミナルに立つと、ここがあまりに日常的な場所であるがゆえに、「バス一本で戦地へ繋がっている」という事実が、重く、リアルにのしかかってきました。
ヨルダンは、パレスチナ、イラク、シリア、サウジアラビアに囲まれた国です。
この国の「安定」は、周辺国の絶妙なバランスと、王室の外交努力の上に成り立っているのだと痛感しました。
🌍 【旅の補足情報】
※本記事は2007年の体験に基づいています。渡航の際は必ず最新情報をご確認ください。
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⚠️ 外務省 海外安全ホームページ(ヨルダン)
現在の正確な危険度や渡航情報を確認できます。ご旅行前には必ずチェックを! -
🇯🇴 ヨルダン政府観光局(公式サイト)
ジェラシュ遺跡やアンマン市内の最新観光情報はこちら。 -
🇯🇵 在ヨルダン日本国大使館
日本とヨルダンの友好関係や最新ニュースが掲載されています。