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ヨルダン旅行記 インディ・ジョーンズの舞台「ペトラ遺跡」へ。暗いシークを抜けた先に待つ、薔薇色の奇跡

david 2026年1月17日

🤠
聖地巡礼

インディ・ジョーンズ

⛏️
建築技術

驚異の岩山削り出し

🏜️
スケール

薔薇色の古代都市

この記事の目次(クリックしたらジャンプ)

Toggle
  • 🇯🇴ヨルダンのクライマックスはなんといってもペトラ遺跡
    • 🚶冒険の始まり:渇いた大地と「オベリスクの墓」
      • 🏺 オベリスクの墓
    • 🌑光と影の迷宮、峡谷「シーク」を行く
    • ✨劇的な対面!エル・ハズネ(宝物殿)
  • エル・ハズネ(宝物殿)
    • 👑岩山を削った「劇場」と「王家の墓」
      • 💧 砂漠の民の知恵
    • 🏃後編へ続く:ペトラの「深部」へ

🇯🇴ヨルダンのクライマックスはなんといってもペトラ遺跡

シリアから陸路でヨルダンに入り、首都アンマンとジェラシュ遺跡を経て、ついに旅の最大の目的地へと向かいました。
ヨルダンといえばペトラ遺跡。当時の私の旅行のクライマックスでした。

ヨルダンの南部に位置する、ペトラ遺跡(Petra)。
1985年に世界遺産に登録され、映画『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』の舞台としても知られるこの場所は、私のような「歴史ある遺跡好き」にとっては聖地のような場所です。

2007年6月。灼熱の太陽の下、私はついにその入り口に立ちました。
この広大な「薔薇色の古代都市」の全貌をレポートします。第1回は、遺跡へのアプローチから、あの伝説の「宝物殿」との対面、そして王家の墓までの道のりです。


🚶冒険の始まり:渇いた大地と「オベリスクの墓」

ペトラ観光の拠点となるのは、「ワディ・ムーサ(モーセの谷)」という街です。

ワディ・ムーサの街並み
▲ ペトラ遺跡の玄関口、ワディ・ムーサ。奥に見える岩山の中に古代遺跡が眠っています。

ホテルや土産物屋が並ぶこの街から、遺跡の入り口までは歩いて向かいます。
ゲートをくぐると、そこはもう遮るもののない乾いた大地。冒険の始まりです。

オベリスクの墓

🏺 オベリスクの墓

歩き始めてすぐ、左手の岩肌に奇妙な建造物が見えてきました。
岩の上部に4つのピラミッド(オベリスク)が刻まれたこの遺跡。
上部は墓、下部は宴会場として使われていたそうです。
メインの宝物殿に着く前から、ナバテア人の建築技術の高さに圧倒されます。


🌑光と影の迷宮、峡谷「シーク」を行く

しばらく歩くと、景色が一変します。
巨大な岩が裂けたような、細長い峡谷の入り口が現れました。ここからは「シーク(The Siq)」と呼ばれる、約1.2km続く天然の岩の回廊を進みます。

シークの入り口
▲ 赤い岩肌が迫りくる。ここから先は別世界です。

両側にそそり立つ断崖絶壁は、高さ80メートルにも達するそうです。
太陽の光が遮られ、ひんやりとした空気が流れます。本当にここだけは涼しかったのを覚えています。

見上げる岩壁
▲ 空が細い線のように見える。光の当たり方で岩の色が刻々と変化します。私の写真のとり方が下手なだけで、もっと高さがあります。

🎨 ローズ・レッドの芸術
岩の色は「薔薇色」と呼ばれますが、実際にはピンク、赤、オレンジと複雑なグラデーションを描いています。
古代の人々も、この自然の要塞に守られながら、期待と不安を胸にこの道を歩いたのでしょうか。

静寂の中、自分の足音だけが響きます。
「まだ着かないのか……」
永遠に続くかと思われた道の先に、突如として「その瞬間」は訪れました。


✨劇的な対面!エル・ハズネ(宝物殿)

暗い峡谷の隙間から、強烈な光と共に、人工的な彫刻の一部がチラリと見えました。

隙間から見えるエル・ハズネ
▲ シークの切れ目から姿を現したエル・ハズネ。心臓が高鳴る瞬間。人間がこんなにも小さく見える

息を呑んで前に進み、視界が一気に開けたその時。
目の前に現れたのは、映画で何度も見た、あの巨大な神殿でした。

エル・ハズネ全景
▲ 太陽の光を浴びて輝く「エル・ハズネ(宝物殿)」。高さ約40mの岩壁を削り出して作られています。

エル・ハズネ(宝物殿)

紀元前1世紀頃に作られたと言われるこの建物は、下から積み上げたのではなく、上から岩を削って作られたそうです。
これだけの左右対称のデザインを、失敗の許されない「削り出し」で行う技術力。言葉を失います。

柱の装飾

▲ 柱の頭部(キャピタル)の装飾。風化しているが、その繊細さは失われていません。

ラクダとエル・ハズネ
▲ 広場にはラクダやロバが行き交い、ベドウィンの人々が観光客を迎えてくれます。

私も現地のスカーフ(シュマグ)を巻いて記念撮影。
この圧倒的な遺跡の前では、現代人の私たちがまるで映画のエキストラになったような気分になります。


👑岩山を削った「劇場」と「王家の墓」

多くの観光客は宝物殿を見て満足してしまいますが、ペトラの凄さはここからです。
宝物殿の右手の道(ファサード通り)を進むと、さらに巨大な都市遺構が広がっています。

ローマ様式の円形劇場
▲ ローマ様式の円形劇場。驚くべきことに、これも岩山をくり抜いて作られています。

こちらは収容人数4,000人とも言われる大劇場。
通常、ローマ劇場は石を積み上げて作りますが、ここでは観客席の段々もすべて岩盤を削って作られています。

そして、向かい側の岩壁には、ひときわ大きく華やかな遺跡群が並んでいます。
「王家の墓(Royal Tombs)」です。

王家の墓
▲ 侵食によってマーブル模様になった岩肌と、宮殿のようなファサード。
解説看板

💧 砂漠の民の知恵

看板によると、この華やかな「宮殿の墓」の裏側には、雨水を溜めるためのダムや貯水槽が作られていたそうです。
砂漠の民ナバテア人にとって、水は金よりも貴重。
彼らは見た目の美しさだけでなく、生きるための高度な水利システムもこの岩山に築いていたのです。


🏃後編へ続く:ペトラの「深部」へ

シークを抜け、宝物殿の美しさに酔いしれ、古代都市の広大さに圧倒された前半戦。
しかし、私の冒険はまだ終わりません。

🏔️ 800段の階段を超えて「エド・ディル」へ

観光ガイドには載っていない遺跡の動物たちや、夜の地元メシもお届けします。


👉 【ヨルダン旅行記②】を読む

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