失われたパルミラ
金銭を求めない
2007年の記録
🇸🇾2007年5月のシリア旅行を思い出して
この記事を書いているのは2026年1月です。
中東の地図を広げると、その中心に位置する国、シリア。
2011年の内戦勃発以降、私たちの耳に届くのは悲しいニュースばかりになってしまいました。
しかし、私が訪れた2007年5月のシリアは、全く違う表情をしていました。
突き抜けるような青空、砂漠に眠る古代ローマの遺跡、そして何より、旅人を無邪気に歓迎してくれる人々。
シリアは独裁者が支配する暗い国というイメージを払拭してくれました。
今回は、過激派組織(ISIS)によって破壊され、もう二度と見ることができなくなってしまった世界遺産「パルミラ遺跡」の当時の姿と、そこで出会った子供たちとの交流について、私のカメラに残された記録を紐解きます。
※当時の写真は現在のデジカメに比べて画質が粗いです。歴史の記録としてご容赦ください。
🐪砂漠の蜃気楼、パルミラの威容
ダマスカスからバスで砂漠を走ること数時間。
突如として現れるオアシス都市、パルミラ。
ベル神殿や列柱道路など、ローマ時代の遺跡がこれほど完全な形で残っている場所は、世界でも稀でした。

特にこの凱旋門(Monumental Arch)の美しさは息を飲むほどでした。
精緻な彫刻が施された石のアーチが、何千年もの間、砂漠の風雪に耐えてそこに立っていました。
⚠️ 失われた遺産
報道によると、このアーチも爆破されてしまったといいます。
私の手元にあるこの写真が、かつてそこに「文明」があったことの証明になってしまいました。
個人的な感想ですが、なぜ文化遺産を破壊するのか理解に苦しみます。偶像崇拝の禁止という理屈はあるにせよ、人類共通の宝を失った悲しみは計り知れません。
動画はこちらで朝日新聞が掲載しているのでYOUTUBEの下記のリンクを参照にしていただければと思います。


5月のシリアはすでに日差しが強く、乾いた風が遺跡の間を吹き抜けていきました。
「風が吹き抜ける」なんて書くとカッコいいですが、実際は肌が焼けるように痛い暑さです。観光の際は半袖ではなく、風通しのよい長袖シャツが必須でした。「半袖のほうが涼しいんじゃない?」という人もいますが、半袖で行くと肌が痛いです。ユニクロのシャツとか、すぐ乾く素材のシャツとか持っていくといいです。下記のエアリズムなんて20年以上前はなかったので今の時代の人たちが羨ましい。
👦「ムッシュー!フォトー!」屈託のない子供たち
遺跡の周辺や街を歩いていると、地元の子供たちが駆け寄ってきます。
彼らの口から出る言葉は、決まってこうでした。
「ムッシュー!フォトー、フォトー!」
フランス語の影響が残っているのか、私を「ムッシュー(旦那さん)」と呼び、満面の笑みでカメラを指差すのです。
(戦前はフランスの委任統治領だったため、アラビア語だけでなくフランス語からの借用語も日常的に使われているようでした。)

💰 お金を求めない誇り高さ
エジプトなどでは写真を撮った後に「バクシーシ(お恵み)」とお金を要求されることがよくありますが、パルミラの子供たちは決してお金をせびりませんでした。
ただ純粋に、自分たちの写真を撮ってほしい。そして液晶画面に映った自分たちの顔を見て笑い合う。そこには純粋な好奇心と、慎み深さがありました。

文化の違い:男女の距離感
集合写真をよく見ると、男の子たちはガッチリと肩を組んでいますが、女の子は少し距離を取っているのが分かります。
カメラを向けると集まってはくるのですが、男の子と女の子が混ざって一緒にポーズを取ることは恥ずかしがるようで、自然と別れて写ろうとするのです。
幼いながらも、そこには伝統的な男女の規律のようなものが垣間見え、文化の違いを肌で感じた瞬間でした。
日本にもかつて「男女七歳にして席を同じうせず」という言葉がありましたが、どこか似ている感覚なのかもしれません。
🖼️街に掲げられた肖像画の意味
街中には、至る所にバッシャール・アル=アサド大統領の肖像画やポスターが掲げられていました。今彼はどこにいるんでしょうね?

当時は「どこの国でも指導者の写真は飾るものだろう」程度にしか感じていませんでしたが、今にして思えば、これがあの国の強固な体制を象徴していたのかもしれません。
それでも、この広場を行き交う人々は穏やかで、夜遅くまでチャイを飲みながら談笑する平和な日常がありました。
(ダマスカス大学の構内に入った時、強烈な視線を感じたことを覚えています。私のような顔立ちの人間は目立つので、監視社会の中では仕方なかったのかもしれません。)
🕊️2007年の記憶を未来へ
パルミラの遺跡群の多くは破壊され、あの日出会った子供たちも、今は大人になっているはずです。
彼らが無事でいることを願わずにはいられません。
「危険な国」というレッテルを貼られる前のシリアには、世界に誇るべき文化遺産と、旅人にお金をせびることのない誇り高い人々の暮らしがありました。
このブログを通して、失われてしまった「美しいシリア」の記憶を、少しでも後世に残していければと思います。
次は、隣国イランの旅へ